「全部EV車なら発電能力不足」との警鐘を無視した岸田首相にはトヨタに『節電要請の説明』を行いたい動機がある

  岸田首相が愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の工場を訪問する方向で調整していると朝日新聞が報じています。

  確かに「異例」でしょう。しかし、目的は「賃上げに向けた政府の取り組みのアピール」ではありません。トヨタ自動車はベア要求に『満額回答』で応じているからです。

  豊田章男氏の「全部EV車なら発電能力を 10〜15% の増強が必要」との忠告を無視して電気自動車への切り替えを促し、自動車産業の雇用を危機にさらした挙句に『電力不足による節電要請』をするに至った経緯の説明が実態でしょう。


「全部EV車にすると原発10基分の電力不足」と2020年12月に言及していた豊田章男氏

  トヨタ自動車の豊田章男氏は日本自動車工業会(自工会)の会長として2020年12月にオンライン記者会見で電気自動車に対し、以下の警鐘を鳴らしています。

  乗用車400万台をすべてEV化したらどういう状況になるか、ちょっと試算をしたのでぜひ紹介させてください。

  夏の電力、使用のピークのときに全部EV車であった場合は、電力不足。解消には発電能力を10~15%増やさないといけません。

  この10~15%というのは実際どんなレベルかというと、原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な規模ですよということをご理解いただきたいと思います。

  それから保有すべてをEV化した場合、充電インフラの投資コストは、これは約14兆円から37兆円にかかります。

  「政治主導で決められたカーボンニュートラルを実現しようとした場合、電気自動車(EV)に必要な発電能力は現状の 10〜15% (=原発10基分)増になる」と豊田氏は試算結果を紹介しているのです。

  また、「火力発電が中心の日本にある工場で生産された自動車は『カーボンニュートラル』に反するため市場での競争力(と雇用)が失われる」との警告も発しています。

  これらの忠告への対応を先送りにしていた菅政権と岸田政権の責任は重いと言わざるを得ないでしょう。


2021年12月の所信表明演説で「社会のあらゆる分野を電化させる」と宣言した岸田首相

  岸田首相は2021年12月に行われた第207回国会における所信表明演説で気候変動問題に対して以下のように語りかけています。

  2050年カーボンニュートラル及び2030年度の 46% 排出削減の実現に向け、再エネ最大限導入のための規制の見直し、及び、クリーンエネルギー分野への大胆な投資を進めます。
  目標実現には、社会のあらゆる分野を電化させることが必要です。その肝となる、送配電網のバージョンアップ、蓄電池の導入拡大などの投資を進めます。
  火力発電のゼロエミッション化に向け、アンモニアや水素への燃料転換を進めます。そして、その技術やインフラを活用し、アジアの国々の脱炭素化に貢献していきます。

  豊田章男氏が「全部EV車にすると発電能力が足りない」と言及した1年後に岸田首相は「社会のあらゆる分野を電化させる」と表明しているのです。

  “あらゆる分野” を電化すれば発電能力不足は『豊田氏が言及した試算』よりも深刻になります。しかし、岸田首相は「(少なくとも1年前の時点で経済界から指摘されていた)電力不足」への対策を講じていません。

  その負い目があるから異例と報じられてでもトヨタの工場を訪問しようとしているのでしょう。


「全国でできる限りの節電・省エネに取り組むこと」と要請する岸田政権

  トヨタの工場を訪問する理由は節電・省エネ要請によって労働者の報酬に悪影響を及ぼすことが目に見ているからです。

  今年の夏と冬は非常に厳しい電力需給の見通しであります。これを踏まえ、供給対策としてあらゆる対策を検討し、講じていくとともに、需要対策として、この夏に向けては、全国でできる限りの節電・省エネに取り組むこと。電力需給がより厳しくなると想定される冬に向けては、夏以上の需要対策の準備を進めていくことなどを決定をいたしました。

  松野官房長官は6月7日の記者会見で上記のように言及しています。節電や省エネを強いられる工場は操業に支障が出るため、そこで働く労働者の所得への影響は避けられません

  「電気を使いすぎた企業には罰金」と電力使用の抑制を促しつつ、「あらゆる分野を電化する」と意気込んでいるのが岸田政権なのです。矛盾する行動をしている岸田政権に対してマスコミが批判しないことは異常と言わざるを得ないでしょう。



  産業界が収益を上げるためには「安価な電気料金による電力の安定供給」が不可欠です。「割高な電気料金での不安定な電力供給」でも採算が取れるのであれば、離島や僻地を対象にした補助金は世界中で撤廃されているはずだからです。

  岸田首相がトヨタの工場を訪問する理由は「矛盾まみれの政策に理解を示してもらうための絵作り」です。電気自動車への切り替えで雇用喪失の現実に直面する労働者がどう反応するかが注目点になっているのではないでしょうか。